カテゴリ:イギリス生活・文化( 4 )

本当に怖いイギリスの手術 後編

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大病院での腹部のアテローマ(粉瘤腫)の手術を受けた週明け、パッドを交換して傷口を消毒しなければならないだろうからと、近所のGP(家庭医)に予約を入れると、すぐに予約が取れました。医者に「具合はどう?」と聞かれたので、「悪くないです」と答えると、「そう、良かったわね。もう帰って良いわよ」と言われました。その間、凡そ1分。えええ? 術痕を診察さえしないんですか? パッド交換しないんですか?と聞くと、その黒人の若い女医さんは、「だって、病院から何も報告が来ていないのよ~」と言い訳にならない言い訳をしました。私は余程不安な顔をしていたらしく(あったりめえだ)、女医さんは「そんな顔しないで! 大丈夫よ。一週間経ったらパッドを外して良いわ。その後はシャワーも普通に浴びられるわよ」と言いました。
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それから更に三日位経って、手術を受けた病院から電話が掛かって来て、手術後の注意点の説明や、GPに行くように指示されましたが、何を今更と言う感じで呆れました。しかし術後は順調なようで、2日目位から既に鎮痛剤さえ要らなくなりました。きっと顔のアテローマの手術を受けた時のように、傷口も極力小さく、抜糸も必要ないように手術したのかも知れない、と感じました。その期間の入浴は、髪だけは朝シャンのように別途に服を着たままで洗い、その他は下半身浴で、パッドは濡らさないようラップで覆い、上半身は濡れタオルで拭いて過ごしていました。
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いよいよ手術から一週間が経って、ちゃんとお風呂に入れる~と思いパッドを外した時、私は自分の手術痕を見て、まず目を疑い、二度見して卒倒しそうになりました。しゅ、手術口が、糸で縫ってあるどころか、……腹に直径5cm位の穴が開いたまま。其処には只綿が大量に詰まっていて、血でドス黒くなっています。血はパカパカに乾いて固まり、綿は傷口にへばり付いている為、綿を外せそうにもありません。いや、外せる訳がない。外したら最後、未だ再生し切っていない皮膚を剥がして、大激痛&大流血を起こすのに決まっています。その時は夜の11時近くでしたが、私がP太に手術痕を見せて説明すると、彼は青褪めて、ただちに私を緊急病院に連れて行く事にしました。
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私の地元の病院には、救急車を受け入れる緊急病棟は今は廃止され在りませんが、患者が自ら駆け込めば24時間診て貰える「ウォークイン・センター(緊急外来治療院)」なら在ります。ただしウォークイン・センターは、患者が自力で来られる位なら、十分元気な証拠だと勝手に受け取り、診察を断る場合もあるそうです(おいっ)。GPの時間外、土日、または1~2週間待ちの予約なんて待ってられない人が、このウォークイン・センターに集まる訳ですが、その代わり何時間も待つのは必須。特に年末の家庭医が閉まっているこの時期は、貼り紙には平均6時間待ちと書かれていました。また壁には、「病院スタッフを大切にして下さい。我々は貴方を助ける為にここに居るのです」との貼り紙も在りました。長時間待つ事にブチ切れて、暴力を振う患者(またはその付き添いの家族)が後を絶たないからです。その為か、病院受け付けの窓口は、銀行以上に厳しく透明板で塞がれ、僅かに開いた隙間からスタッフと会話するのは、中々聞き取れなくて骨が折れました。
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しかし今回の私の場合、誰よりも緊急を要すると判断され(トホホ…)、長い順番待ちを飛び越えて、真っ先に診察して貰えました。看護師さんは、私の患部を見るや否や途方に暮れ、即座に医師を呼びに行きました。看護師さんもお医者さんも、未だイギリスに来て年月の浅いインド人のようで、クセの強い英語を聞き取るのは、ネイティブのP太でも一苦労でした。案の定、直径5cmの傷痕の中の綿は、大量の血液と膿を吸って乾き切って張り付いていたので、潤わせる為に穴の中に大量の水が注ぎ込まれました。綿が湿って柔らかくなったところで、看護師さんは黒ずんだ綿をピンセットで少しずつ取り出しました。綿は紐状でギッチギッチに穴に詰め込まれてあり、看護師さんが引き出しても引き出しても、まだまだ驚く程大量に出て来ます。その様子は、夫には腹から腸を引き出しているスプラッタな光景にしか見えなかったそうです。
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綿を抜き切った後の腹の穴は、見たら最後気絶しそうで、自分では確認する気には全くなりませんでしたが、P太の話では、ゴルフ・ボール位の大きさが開いていたそうです。そんなデカイ穴が腹に開いたままでも、人間が大して痛みも感じず生きていられることと、それでも内臓に到達しない自分の皮下脂肪の厚さに、妙に感心しました。この汚い状態の綿を一週間取り替えずに詰め込んだままなんて、明らかにとんでもない事で、悪化しなかったのが奇跡的だと医者に言われました(そーでしょうとも)。その日、病院から戻ったのは、夜中の2時過ぎ。後日イギリスの家族にこの事を報告したら、心底心配してくれて、その手術した病院やGPを裁判で訴えるべきじゃないかと言われ、返って事の深刻さに益々凹みました。とにかく、やっと綿もバッドも無事交換して貰え、その後は地元病院に、事前予約さえすれば2日毎にパッド交換の為に通えるようになりました。
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地元病院は、徒歩で往復するにはちょっときつい距離だったので、いつもP太の出勤前の朝一番の時間帯に予約し、車で連れて行って貰いました。最初に担当してくれた看護師さんが、とても真っ当な誠意の有る人で、一貫して同じ看護師が手当てして経過を確認した方が良いからと、出来るだけ彼女の割り当て時間を予約するように手配してくれました。傷の治りが遅い時には、手当て法を工夫して変えたりと、最後まで責任を持って診てくれました。最後の最後に、やっとプロ意識を持つ医療従事者に出会えて、本当に心底ホッとしました。しかしその治療室にも、「看護師を大切に。暴力は犯罪です。警察に即通報します」みたいな張り紙が(涙)。一体患者の暴力が、どれだけこの国では日常茶飯事なのか…。結局、膿が出切って傷が塞がり、通院しなくて済むようになったのは、地元病院への駆け込みから2ヵ月以上経ってからでした。患部に絆創膏だけ貼って、普通に風呂に入れるようになったのも、ようやくその頃からです。
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傷は一応塞がったものの、痕はボコボコと盛り上がり青黒くくすみ、大変醜い状態で残りました。もし嫁入り前だったら、もう嫁に行けないレベル。ドキュメンタリー番組で見た、浮浪者の腹のナイフの刺し傷が、これにそっくりでした。本来のヘソの横に、もう一つ非常に不恰好なヘソが出来たようにも見えます。帰国の際、温泉で母にこの傷痕を見せたら泣いていました。術後一年以上経過した最近、改めて手術痕を確認すると、一部が臭いカサブタで塞がっているのを発見。恐ろしい事に、未だ膿が出続けているんですね…(汗)。イギリスで最初に受けた手術が、単に奇跡的に大変良かっただけで、どうも周りの話を聞くと、これがイギリスの医療では平均だそうです。もしこのアテローマが再び腫れても、もう二度とイギリスで医者には掛かりたくありません。少なくとも、あの女医さんだけは勘弁。―――それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。




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by piyoyonyon | 2017-12-31 15:12 | イギリス生活・文化 | Comments(2)

本当に怖いイギリスの手術 中編

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病院で受けるはずだった手術が受けられなかった為、仕方ないので、翌日またもやP太が有給を取ってくれて(日本よりずっと簡単に取れるのがせめてもです)、再び病院へ朝8時から手術の為に行きました。9時位に、また別な医者から呼び出され、また同じ質問を受けました。最初は、誤診や患者の取り違えを防ぐ為に、再三確認しているのかとも思いましたが、何故この21世紀にもなる何でもデータ化の時代に、しかも先進国で、一度言った事を単に記録して他にも伝達すると言う、基本的な仕組みが全く無いのでしょうか?? しかし今回は、医者から「貴女のは命の別状に関わる手術ではないから、救急医療の空き時間がない限り手術出来ない。もし今日の5時までに手術が出来なかったら、諦めて帰ってくれ」と告げれました。折りしも12月で、更に金曜日で、風邪やインフルの他にも、クリスマスで飲んで暴れて怪我する連中が急増し、緊急医療の一番忙しい時期です。
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またしても待合室の椅子で、本当に受けられるかどうか分からない手術を、只延々と待たねばなりませんでした。待合室のテレビは、ずっとニュース・チャンネルを放送していましたが、暗いロクでもないニュースばかりで益々気が滅入りました。もし今日が駄目だったら、さすがにP太はもう今月は有給が取れないでしょう。待っても待っても手術が始まる様子は一向になく、待つ事に体力も精神も無駄に消耗し、さすがにもう諦め掛けていた午後4時頃、やっと手術に呼ばれました。
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待機室で手術着に着替え、それまで着ていた服をP太に預けて別れました。その後手術室に運ばれ、点滴に麻酔が打たれると、前回日本で受けた全身麻酔では、まるでシャッターが下りたように突如意識が無くなりましたが、今回は眠るように徐々に意識が遠のいて行くのを感じました。
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患部の痛みで目が覚めた時には、総合軽度集中治療室のような場所に移されていました。麻酔で意識が無くなって以来、未だ20分位しか経過していないように感じたので、看護師さんに「あのー…、手術は終わったんでしょうか?」などと間抜けな質問をしました。寝たままで病室の壁の時計が見えて、実は1時間近く経過していました。手術痕に触れてみると、分厚いパッドが貼られていて、少なくとも出来物は無くなっているようです。痛みを訴えると、看護師さんは鎮痛剤を追加してくれました。隣のベッドの患者は、夕食の選択を尋ねられていて、「フィッシュ&チップス」「ソーセージ&マッシュ・ポテト」「ステーキ・パイ」だの「トリクル(糖蜜)ケーキ」だの、イギリスは病院食でさえ重くて不健康そうだなあ…と、思いながら聞いていました。
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しばらくして、ベッドに寝たまま他の病室に移動させられました。ダダッ広い病院内の廊下を、随分グルグルと引き廻させられたように感じました。連れて行かれた場所は、回復待機室のような部屋でした。意識ははっきりしているけど、起き上がるには未だ早いような患者さんのベッドが並んでいます。その病室の看護師さんの多くは、中国人やアジア系でした。其処でベッドに寝たまま1、2時間過ごしましたが、待てど暮らせどP太が現れません。その内、自力でトイレに行けるまで回復しましたが、P太が来ないので着替える服がなく、当然帰れません。「あのぅ、私の夫は何処に居るんでしょうか?」と看護師に尋ねても、誰も分からず。(その間またしても紅茶が出て来た) 
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3時間程経過して、やっとP太が、疲れ切った顔で病室にやって来ました。私の手術はとっくに終わっている時間なのに、一向に連絡もなければ、スタッフの誰に聞いても私の所在が分からず、つまり患者が行方不明で、広大な病院中を彷徨って尋ね回ったそうです。開いた口が塞がらないズサンさ。結局執刀医から術後の説明なんてまるでなく、看護師から説明のプリントを渡されたのみでした。それに寄ると、どう読んでも、アテローマの袋自体は摘出せず、膿だけ出したようです。では一体、何の為に全身麻酔…?? 一応痛み止めを一箱貰って帰宅しましたが、家に帰って箱を空けたら、ほぼの状態でした。幸いなことに、普通の市販の鎮痛剤でも十分効きましたけど。
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NHS(イギリスの国民健康保険)は火の車状態で、スタッフも不足し、仕事は非常にキツくて大変なのは分かるけど、それ以上に無秩序・無整理・非効率的で、非常に無駄が多いと分かりました。特にこの病院は、さすがにワースト一位に輝いただけのことはあります。後から知った事には、この昨年の12月は、イギリスでは風邪の流行に伴い記録的な患者数の多さで、多くの患者が治療を受けられずに見捨てられたそうです。少なくとも、私は手術が受けられただけでもラッキーだったし、お陰で出来物はなくなりました…と思いきや、実はこれは未だ苦難の序章に過ぎなかったのです。




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by piyoyonyon | 2017-12-30 15:24 | イギリス生活・文化 | Comments(0)

本当に怖いイギリスの手術 前編

昨年末、手術を受けました。イギリスでの手術としては二回目、全身麻酔の手術としても二回目です。命に関わるような症状では全くありませんでしたが、別な意味で非常に大変な手術でした。説明するととんでもなく長くなるし、自分で思い出すだけでもウンザリしますが、忘れる前に(決して忘れるとは思えないが…)記録の為に書き留めて置こうと思います。
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昨年の秋から、腹部(ヘソの横10cm程)の皮膚にある「アテローマ(粉瘤腫)」と呼ばれる腫瘍が、腫れて直径5cm程に膨れ上がり、寝返りも打てない程痛み出しました。元々其処には10年位前からアテローマがあり、初めて腫れた際は日本で膿を出す治療を受けたものの、完全に治した訳ではない為、その後も数度、主に極度に精神的なストレスが溜まった時に腫れて痛みました。それを避ける為には、膿が溜まる袋ごと皮下から取り出す、結構本格的な手術が必要だと言われていましたが、今までは数週間程度で自然と腫れは引いて行き、手術を受けるまでには至りませんでした。ところが今回は、2ヶ月近く経っても腫れが一向に収まりませんでした。
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医者(国民健康保険の利く)に診て貰うにしても、イギリスでは最初から個人で大きな病院や専門医に掛かれる訳ではなく、必ずGP(家庭医)からの紹介が必要なのです。そのGPへは、予約から診察まで1週間~2週間掛かります(大抵は診察を受ける前に治っちょる)。そして、GP側はなるべくお金を掛けたくないので、最低限の診察と治療しかしません。いや、出来るだけ診察を避けます。今回も、どうせ「とりあえずこれで様子を見ましょう」と言われ、効きもしない抗生物質を処方されるだけだと分かっていたので、どんなにオデキが痛んでも、行く気は全くしませんでした。しかしP太に再三急かされ、仕方なく医者に行くと、やっぱり思った通りでした。そして抗生物質はやはり全く効かず、只胃腸の調子が悪くなり、吐き気がして余計苦しくなっただけでした。
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そのうち、愛猫トラちゃんを突然失わなければならなくなりました。相変わらず腹のオデキは痛んだものの、もう悲しさでどうでも良くなりました。しかしまたしてもP太に泣き付かれ、しぶしぶ医者へ行くと、またしても抗生物質、しかも前回のが効かなかったので、更に強い薬を処方されました。只でさえ、トラを失ったショックで食欲も失せ、体力気力共に弱っていたのに、この強い薬ですから、具合が非常に悪くなりました。とうとう耐え切れず、抗生物質の服用期間が終わる前に、再びGPに訴えると(さすがにこの時は相当ヤバかったらしく、すぐに診察してくれましたよ)、病院を紹介して数日後に手術を受けるられるよう手配してくれました。
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その大きな病院は、うちの周囲では唯一の救急病院で、かつてイギリスのワースト1位に輝いた事がある悪名高き病院でした。だからと言って、この国では勿論患者に病院の選択は許されません。待ち時間や対応、利便性、衛生状態など総合的な点で最悪だった訳ですが、7、8年前の得点なので、今は反省して清潔に改装されているようでした。イギリスの病院で長く待つ事は必須なので、さすがに待合室の椅子は、日本の病院の長椅子よりは快適な肘掛椅子等になっていました。
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その日は、P太が有給休暇をとって一日中付き添ってくれました。まず看護師さんに呼ばれて、血圧や体温を計り、アレルギーの確認を受け、血液を採取されました。その量が、何だか不必要に大量に思えました。更に、いつでもすぐに手術を受けられるよう、手の甲に痛い点滴用の針が刺されたままでした。只でさえ相当体調が弱っていたのに、採血後には実際卒倒する程気分が悪くなり、しばらく貧血と腹痛でトイレから出て来れず、P太を心配させました。症状を治す為に来た病院のはずなのに、返ってこんなに具合が悪化したのは、勿論生まれて初めての経験です。その後、待合室の椅子で、他の患者の子供がギャン泣きしているのにも関わらず、気絶したように爆睡しました。
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しばらくして、やっと医者に呼ばれました。そこで症状や自分の体質(アレルギー等)に付いて説明し、手術について説明を受けました。アテローマの袋ごと取り去る手術をするので全身麻酔になるが、入院のベッドの空きはないから、術後はその日の内に帰宅する事になるそうです。全身麻酔で外来とは聞いた事がありませんが…、日本では信じられない事の起きるのがイギリスです! 
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では、次はいよいよ手術かと思いきや、再び別な医者に呼ばれ、同じようにインタビューされました。その後も別な医者に呼び出され、同じ質問をされ…、これが4回位繰り返されたでしょうか。午後5時位になった時、とうとう「今日は手術出来ないので、明日の朝8時にまたこの病院へ来てください」と告げられました。…え? えええ?? 結局その日は、単に病院で益々具合が悪くなり、精神的にも非常に疲労困憊した状態で帰宅しただけでした。手の甲の点滴用の針は、さすがに帰宅の際に抜き取って貰いましたが、その箇所はその後数週間痛みました。(以下次回に続く)





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by piyoyonyon | 2017-12-29 15:11 | イギリス生活・文化 | Comments(0)

イギリスの地名の基礎知識

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物心が付いた頃から異様に地図が好きで、今でも地図を眺めていると、全く飽きずについ時間を忘れてしまいます。それに伴って、地名にも興味があります。地名の語源は、歴史や地形(かつての)を教えてくれます。つまり、地名には真実が潜んでいる訳です。アメリカ合衆国の地名は、大体英語系、スペイン語系、ネイティブ・アメリカン系に分けられますが、イギリスの地名は、大雑把に分けても、アングロ・サクソン(ゲルマン)系、ケルト(ゲール語)系、古代ローマ帝国の支配に寄るラテン語系、ヴァイキング来襲に寄る北ゲルマン(北欧)系、ウィリアム征服王が持ち込んだノルマンディー・フランス系があり、長い歴史の中で、これらが複雑に組み合わさって変化し、形成されている場合が多いようです。下に挙げたものは、特にイギリスの地名で目にし易い単語で、全くのトリビアですが、頭の隅に入れておくと、イギリスを旅行する際、多少は奥深くなることと思います。(注:じじいのウンチクの如く長いので、余程暇な時にお読み下さい)

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《-bury, -borough, -burgh》 例:Canterbury, Salisbury, Shrewsbury、Peterborough, Scarborough, Edinburgh
イギリス中で、非常に良く見掛けます。ドイツ語の-burg、フランス語の-bourgに相当し、防衛の為の囲い(堀や土塁や塀)、従って近世以前の城砦そのものや城壁(市外壁)を指します。ただし、例えこの単語が付いていても、城下町や城壁都市ばかりではなく、実際には市外壁を持たない、遺跡すら残ってもいない町や村もあります。しかし、かつては簡易な木柵等で囲まれていたのかも知れません。因みに、先史時代の要塞遺跡には、「ナントカburyリング」や「ナントカburyキャンプ」と名が付くところが多いようです。

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《-ton 》 例:Brighton, Kensington, Tauton, Boston
「囲い地」「屋敷」「荘園」「居住区」を意味し、長じて「town=町」の語源となったようです。

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《-ham》 例:Birmingham, Nottingham, Buckingham, Durham, Faversham, Lewisham
「農場」や「屋敷」、「定住地」を意味します。hamlet(villageより小さな集落)と同じ語源です。ドイツ語の「-heim」に相当。とは言え今は、大都市に成長している例も多く見掛けます。SouthamptonやNorthampton、Littlehamptonの「-hampton」は、「-ham」と「-ton」の合体形です。

《-don》 例:London, Swindon, Croydon
「丘」を意味します。ただし反対に「谷」を指すこともあり、Croydon の由来は「crocus valley クロッカスの谷」だそうです(…今の街の様子からは全く想像できん!)。ついでにSwindonは、「豚の丘」が由来。念の為、豚は富の象徴で、プラス・イメージだったそうです。

《-den》
「谷」や「窪地」のことです。現在の「den」は、巣穴等を意味する単語ですが、関連しているのかも。しかし、こちらも全く逆の「丘」を意味する場合があるそうです。どういうことだ。ケント州のMaidstoneの南には、「 -den」の付く村が沢山あります。要するに凸か凹かは、現地へ行けばハッキリすると言う事ですね…。

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《-combe》 例:Barcombe、Winchcombe、Castle Combe、High Wyecombe
やはり「谷」を差します。Barcombは、「ブリトン人の谷」の意味。

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《-borne》 例:Eastbourne, Westborne
riverよりも小さい、「stream, brook=小川」よりは大きい川を意味します。この名前の付く町には、川が流れていると言う訳です。Winterbourneと言う地名も良く見掛けますが、雪解け水や冬の長雨で、冬期のみ現れる川のことのようです。

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《-ford》 例:Stafford, Oxford, Stratford, Guildford, Telford, Thetford, Hungerford
現在でも通用する英単語で、川や湖沼などの、橋無しで渡れる「浅瀬」を意味します。ドイツ語の「-furt」に相当します。この名前の付く町は、大抵浅めの水辺にあります。勿論今は橋が架かっていると思いますが、古くから橋のある町なら、「Cambridge=ケム川に架かる橋」「Edenbridge=エデン川に架かる橋」のような名前になることが多いはずです。シェイクスピアの出身地で有名なStratford (upon Avon)は、ラテン語の「strat=道」と「ford」が合体した名前。

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《-chester, -caster, -cester》 例:Chester、Manchester、Leicester、Colchester、Chichester、Gloucester、Exeter、Dorchester、Doncaster、Lancaster
これも、いかにもイギリスらしい地名。古代ローマ帝国の言語、つまりラテン語の「castra」を元に古英語化した言葉で、城や要塞や基地を意味します。つまり、この地名の付く町には、かつてローマ軍の駐屯地があった場所で、今でも古代ローマの遺跡が残っているはずです。ローマが去った後には大聖堂が築かれ、現在は州都クラスの大きな都市に成長している例が多いと思います。

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《-ey》 例:Romsey, Romney
「島」を意味します。現在は内陸であっても、低地か干潟で、かつては島、または満潮時や洪水時に島状態になる湿地帯であった場合が多いようです。Elyも、そのバリエーション。

《-ley》 例:Barnsley, Bromley, Swanley
元は「leah」と言う古英語で、森を切り開いた土地、「森の中の開拓地」の意味。盆地のような地形の場所が多いようです。「-leigh」も同意語。

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《-wich, -wick》 例:Norwich, Ipswich, Woolwich, Warwick
ラテン語や古英語で、「農場」とか「場所」を意味します。ただしヴァイキング系の言葉では、-wickは「湾」「入り江」を意味する言葉から来ており、Yorkの古名「Jorvik」は、これに基づくそうで、川の湾曲部をも指すのかも知れません。

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《-ing》 例:Dorking, Reading, Working, Worthing
動詞の現在進行形のような町名を、イギリスでは結構見掛けます。これは、古英語の「ingas」が語源で、「people of~(~の人々)」を意味し、つまり人が集まる場所を意味しているようです。ドイツ語の「-ingen」に相当。Hastingsも、その一種。BirminghamやNottinghamは、「 -ing」と「 -ham」の合体形です。

《-pool》 例:Liverpool, Blackpool
「港」を意味します。この名の付く町は、古くからの港町です。

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《Chipping-》 例:Chipping Camden, Chipping Norton
古英語で市場を意味し、古いマーケット・タウンであることを示しています。ただしウィルトシャーの「Chippenham」は、人名から付けられたもので、この語源には当て嵌まらないそうです。

《shep, ship》 例:Shepshed、 Shepton Mallet、Shipley
船ではなく、古英語で「sheep 羊」の意味。

《-minster》 例:Kidderminster, Leominster, Wimborne Minster
「minster」は、大聖堂に近い大きな教会や修道院のことで、ドイツ語の 「Münster」と同じ。単に「Minster」だけの地名も見掛けます。

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《-low,-law》 例:Ludlow, Harlow
「丸い丘」を意味し、時に埋葬地、すなわち古墳を指すそうです。日本の宝塚市等の、「塚」のような言葉かも知れません。Lewesも、その変化形だとか。

《-kirk, Kirk-》
古いヴァイキングの言葉で、「教会」を意味します。なので、ヴァイキングが襲撃、または定住した地域に残り、イギリス南部ではまず見掛けません。地名の頭にも、語尾に付く場合もあります。

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《Llan-》
これで「thlan スラン」に近い発音で呼ばれます(現地人以外は絶対に正確に発音できません!)。ウェールズに大変多い地名。言い換えれば、これで始まる地名があれば、そこはウェールズです。「教会」や「教会のある村」を指します。
 
《magna》《parva》 例:Appleby Magna, Appleby Parva, Chew Magna
ラテン語でmagnaは大きい、 parvaは小さいを意味します。イギリスの田舎で良く見掛ける、「Great~(大ナントカ村)」や「 Little~(小ナントカ村)」と言った地名と同じ意味。ただし英語の文法と違い、名詞の後に形容詞が付きます。現在は、何故かレスターシャー周辺に多く残る地名。今でも村か集落ばかりで、これらが付く大きな町はありません。「大ナントカ村」のある側には「小ナントカ村」があるものと思いきや…、片方がGreatまたはLittleに変わってしまっていたりで、必ずしもmagnaとparvaで1セットとは限らないようです。

《-cot》 例:Ascot, Didcot,
古英語で「cottage コテージ=小さな家、田舎家」の略。ただし、ケルト系の言葉で森を意味する「Coed」、 または「Coet」を由来とする場合もあります。

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《-hurst》 例:Wakehurst, Sissinghurst, Midhurst, Goudhurst
主に南イングランドで、通り名やお屋敷名に付くのが見られる名称。サクソンの言葉で、「森のある丘」を意味するそうです。

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《-worth》 例:Tamworth, Petworth
「囲い地」を意味します。特権階級者等の、広大な領地を指すことが多いようです。

《-wolt 》 例:Stow-on-the-wolt
「標高の高い森林地帯」のことで(日本で言えば山林ってとこか)、南東イングランドに広がる丘陵森林「weald」と同じ意味です。ドイツ語の「Wald」も同源。

《-le-、-en-le-》 例:Chester-le-Street、Chapel-en-le-Firth
こんなまるで偽フランス語のような地名を、イギリスのあちこちで見掛けます。11世紀のノルマン征服後に伝わった、ノルマンディー・フランス語が元ではないかと考えられていますが、未だはっきり解明されていません。使い方は、「of ~の」とか「near ~の近くの」の代わり。

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《hithe、hythe》  例:Hythe, Smallhythe, Rotherhithe
古英語で船着場の意味。例え内陸にあっても、船着場が存在するはずです(またはかつてあった)。

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《Nor-》
古英語で「北」を意味します。ノーフォーク州の州都Norwichは、大体「北の町」のような意味です。

《Sud-, Sut-》
古英語で「南」を意味します。イギリス各地で見掛けるSuttonと言う地名は、「南の町」を意味します。

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あと、イギリス中で非常に多いのが、「St.~」の付いた、キリスト教の聖人に因む地名。特にコーンウォールへ行くと、こんな名前の聖人、聞いたことなんですけど!と思える地名が沢山あります。

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また、イギリス中で「Avon」「Ouse」と言う名前の川を見掛けます。どちらもケルト系の言葉で、川そのものを意味します。「Beacon」と名の付く山(丘)も、あちこちで見掛けます。烽火や篝火の意味で、かつて頂上で本当に伝達手段として烽火が焚かれた程、小高い眺望の良い山や丘に残る名前です。

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その他にも、「-port(港)」「 -mouth(河口)」「 -field(野原、平野)」が付く地名は、現在の英語の意味のままですよね。全体的にイギリスの地名の由来は、単純に地形から来た素朴な物が多いようで、日本のように謎めいた(横溝正史的な)伝説を含むような複雑な地名は、余り見掛けられないようです。地名の知識・研究なんて、全くの雑学のようでも、極めれば「toponymy 地名学」と言う専門的な学問になるそうです。

それでは皆様、良いお年を。




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by piyoyonyon | 2016-12-31 15:23 | イギリス生活・文化 | Comments(2)


こんにちは! ぴよよんです。英国から蚤の市等で出会った愛しのガラクタ達を御紹介する雑貨手帖も2冊目となりました。1冊目と共に宜しくお願い致します。


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