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壁画教会のお祈りクッション

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ウェスト・サセックス州のWest Chitlington ウェスト・チルティントン村の、大変保存状態の良い12世紀の壁画を残す「St.Mary’s Church 聖マリア教会」には、私の好きなお祈りクッションが沢山ありました。
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このお祈りクッション、英語では「kneeler ニーラー」と呼ばれます。ガーデニングで使用する「膝当て」と同じ単語で、礼拝中にお祈りする際、跪く時に使用するのだと思います。
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イングランド国教会、またはイギリス特有のアイテムのようで、他のキリスト教国では見掛けた事がありません(…もしかしたら英国連邦国にはあるのかも)。約B4の面積×厚さ10cm位のサイズのヌード・クッションかウレタンを、毛糸のニードル・ポイントが刺繍してある布で包む仕様も、国中何処へ行っても共通しているようです。多分、信者達が手分けして制作しているのだと思います。
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恐らくニーラー制作専門の手芸本が存在するらしく、イギリスの他の教会で見た覚えのあるデザインも多く、今までも既に撮影したことがあるかも知れません。この画面を六分割した中に花が一つずつ描かれたデザインは、どのバリエーションを見ても好き。
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側面にも注目。教会名入りがオリジナルです。
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ニーラーの図案は実に様々ですが、非常に大きく分類すると、いかにもキリスト教らしい物とそうでない物があります。私が好きなのは後者で、撮影するのも、どうしてもそう言うニーラーが中心になります。宗教色のないデザインのモチーフの代表は、植物や動物や風景。
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動植物は、やはりイギリスらしい種類ばかりだし、風景はイギリスを代表する田園風景中心です。
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大航海時代を思わせる、力強い帆船の柄。
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多分、秋の収穫を祝う柄。
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これは鳩なのかなあ? でも平和の象徴の白鳩ではないし、鳥種は特定出来ず。
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これは、もしかしたら十字架をモチーフとしたパターンなのかも知れません。だとしたら、隠れキリシタン並みの控えめなキリスト教色ですね…。
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一見単なる文様に見えても、実はさりげなく宗教的な意味合いが盛り込まれている柄も多いようです。
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これも、十字架をパターン化したようです。側面に制作年入り。
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前出の、ほぼ色違い。使い込まれて、かなり毛羽立っています。
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白百合は、聖母マリアの象徴。背景には百合の紋章が。
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楽しげな音符柄も、「主に向かって歌え」。
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これは、今まで見掛けたニーラーの中で、結構異色。はっきり鮮やかでレトロな色合いの、幾何学模様的なデザインです。平面構成に見えますが、何気に近い一段暗い色で、陰影が付けてあります。して言えば、ステンドグラスを題材にしているのかも。
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宗教っぽいにしろ、そうじゃないにしろ、やはりニーラーは魅力的な手芸品で、見ていて飽きません。イギリスで定期的に教会に通うキリスト教徒は、僅かになって来ているそうですが、このアイテムはいつまでも消えずに、イギリスの文化遺産として残って欲しいと(信者でもないくせに勝手に)思います。今後も、素敵なお祈りクッションの沢山ある教会との出会いを期待します。









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by piyoyonyon | 2017-04-25 15:32 | 旅行・お散歩 | Comments(0)

もう一つの中世の壁画教会

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ネットで何かを調べている内に、英国最古級の壁画を持つHardham ハードハム村のサクソン教会の近くに、同じ位古い壁画を持つ教会が、もう一つ存在する事を偶然知りました。居ても立ってもいられないくなり(忍耐ない)、早速連れて行って貰うことにしました。
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その教会は、「West Chiltington ウェスト・チルティントン」と言う村にあり、ハードハムの西4~5km位に所在します。うちからはそう遠くありませんが、幹線道路がB(県道クラス)道さえ一つも通っていない村の為、今まで一度も通過した事がないどころか、名前を聞いた事すらありませんでした。想像した通り、不便な場所の為に返って現代の開発から間逃れた、昔らしい雰囲気が良く残る村に見えます。この辺りは、「ウィ-ルド(丘陵森林地帯)の手付かずの様子を一番残す場所」とも表現されるそうです。
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教会の正式名は、「St. Mary Church 聖マリア教会」と言います。
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南側から眺めたところ。緑の丘(って言っても墓地ですけど)の頂上に立つ、いかにも牧歌的な可愛い教会に見えますが、情報がなければ、そんな特殊な内部を持つ教会とは全く気付かず、外観は在り来たりな村の教会にしか見えません。
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建立は1088年ですが、それ以前のサクソン時代にも、確証はないものの、多分同じ場所に教会が立っていたのではないかと伝えられています。サセックスでも三番目に古い教会建築で、イングリッシュ・ヘイリテイジに寄り、歴史的建造物第一級に指定されています。
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西側に、教会付属としては結構広い墓地があります。やっぱり沢山の墓石が倒れているっスね…。
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こちらの平面でシンプルな墓石は、現代のイギリスの最も一般的なスタイル。火葬後に散骨(と言うより散灰)する為、その下に遺体や遺灰は埋葬されていないから、正確には墓石ではなく記念碑だそうです。
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尖塔かつ鐘楼は木造。
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教会の手前には、「stocks 足枷」と「whipping post 鞭打ち柱」と呼ばれる昔の刑具が。足枷は、この板の穴に罪人の両脚を固定して(定員二名)一定期間晒し者にし、その間見物人は、好きなだけ腐った果物や野菜を罪人に投げ付けて良いと言う晒し台です。もう一つの鞭打ち柱では、文字通りここに罪人を縛り付け、鞭打ち刑にしました。どちらも17世紀の物で、イギリスの大抵の村に存在したようです。
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教会の内部は、身廊=北西、内陣=北東、南側廊=南西、そして礼拝堂=南東と、概ね四つのブロックに分かれています。
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礼拝堂だけが14世紀の増築で、後はほとんど12世紀(11世紀のオリジナルではない)の建造物です。
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まず、ハードハムの教会の内部より、窓が大きく取られて陽が燦燦と差し込んで明るく、壁画が寄りはっきり残って見えるのが印象的でした。
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壁画の彩色は、今では褪せてほぼ赤系のみに見えますが、制作当時は、恐らく色の氾濫のように華やかだったであろうと言われています。もしかしたら正教会のようだったのかも、と想像します。
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身廊の北側の壁には、「Annunciation 受胎告知」の場面。教会自体の起源は、ハードハムのサクソン教会より遅くノルマン時代ですが、内部の壁画は、ハードハムと同じく12世紀に制作されたと言われています。保存状態が良いのは、やはり長年漆喰の下に塗り込められていたからだそうです。
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身廊と南側廊の間のアーチ上には「Calvary カルヴァリー」、すなわち処刑場ゴルゴタの丘へ向かうキリスト受難の場面。
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左から右へ向かって物語が進み、これらは最後の三つの場面で、中央はキリストの磔刑、右端は良く見えませんが、埋葬か復活を描いているのではないかと思います。
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アーチの下にも、それぞれ異なる文様が描かれています。
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一箇所に二種類の文様が交わって見えるのは、後の時代に下地を塗って上描きした、つまり時代の異なる文様が二重になっているからのようです。
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アーチを支える柱頭の装飾も、それぞれ異なっていて興味深いのです。
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壁画は12世紀に制作され始めましたが、二百年掛けて14世紀に完成したと言われています。そのせいか、幾つかの後期らしき絵は、明らかに画力的に進化して見えます。この「車輪の上のキリスト像」もそうで、デッサン力が確実に向上しています。
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例えばこちらは、初期の制作と思われる壁画。
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こちらは後期らしい、内陣近くの楽人天使。ルネッサンス期の絵画に近付いて見えます。
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洗礼者ヨハネかと思ったら、キリストを背負って川を渡ったと言われる聖クリストフォロスだそうです。
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壁画は、かつては床すれすれまでびっしり描かれ、壁面全てを覆っていたようです。
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ありとあらゆる意外な場所に壁画が残っており、隈なく観察しなければなりません。
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南側廊と礼拝堂の間のアーチ上には、ケルトっぽい文様が。
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そのアーチの下にも聖人像。
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やっぱりこの教会にも、不思議な壁の窪みがあります。今は、子供達の遊戯スペースになっていますが。
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その上の梁部分にも天使の壁画。スペースを生かした構図の、中々躍動感のある絵です。
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壁画の次に特筆すべきこの教会の特徴は、「hagioscope ハギオスコープ」と呼ばれる、内陣から南側廊へ続く長~い壁のトンネル。「ハギオスコープ」は、日本語では「祭壇遥拝窓」と訳されますが(益々訳分かんないですよね…)、内陣が見えにくい側廊や翼廊等からでも、礼拝中に祭壇が見えるよう設けられた壁の覗き穴だそうです。ここのは2.7mと異様に長く、本当に祭壇が見えるのに役立つかは謎です。
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クリスマス時期じゃなかったけど、ハギオスコープの前にはニット製のnativity(キリスト降誕のシーン)が。手編みの毛糸のnativity人形は、イギリスでは一般的だそうです。
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ハギオスコープの上部が、丁度鐘楼部分になっています。このワイヤーは、鐘を鳴らす為の装置。
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東側の内陣と礼拝堂には、壁画はほとんど残っていません。
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祭壇の、この教会唯一のステンドグラス。
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期待した通り、小さいながら非常に見所の多い教会でした。もし興味を持たれたら、是非ハードハム村の聖ボトルフ教会と両方御覧になることをお勧めします。





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by piyoyonyon | 2017-04-24 15:30 | 旅行・お散歩 | Comments(0)

結婚記念日にライ 2

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今年の結婚記念日に訪れたのは、イースト・サセックス州の中世の雰囲気を色濃く残す人気の町Rye ライ。昼食を取った後、アンティーク屋(と言うかジャンク屋)巡りをしています。
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唯一現存している城門を通って、旧市街地(かつての市街壁内部)に入ります。
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城門のすぐ脇のお店。良く見ると、結構趣味の悪い物を売っています(笑)。
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真っ平らな土地の中で、ライは島のように盛り上がった高台の上に築かれています。
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かつては実際海に囲まれていたようで、「Cinque Port シンク・ポート」と呼ばれる、中世の最も重要な港の一つでした。
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イギリスでは珍しくなって来ている石畳も、ライの旧市街地には多く残ります。
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ただし、フリントと言う漬物石のように丸い石が並べてあり、幾ら足裏マッサージに良いと自分に言い聞かせても、半端ない歩き辛さです。
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そんな石畳の通りの中でも、町のアイコン的な老舗ホテル「Mermaid Inn 人魚亭」のある、特に観光客率の高い「Mermaid Street 人魚通り」。
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中世の町並みらしさの決め手は、やはり重厚な木組みの家。
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これが人魚亭です。かつては、密輸入者や密入国者のアジトだったと言われています。
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一方「The Mint」と言う通りに在る、人魚亭と共に密輸入犯罪集団の根城だったらしい「Bell Inn」。どちらも内部には、逃走する為の秘密の地下道もあったとか。
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この教会近くの家の煙突は、にょろんと曲がっています。
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丘の一番高い部分に、教区教会「St. Mary Church セイント・メアリー教会があります。
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ノルマン時代に起源を持つ歴史の古い教会ですが、この教会で思い出すのは、以前内部で聖歌隊?の子供達が、忘れ難い程強烈に下手な合唱を練習していたこと。しかも、曲目は何故かABBAの「マネーマネーマネー」! …お布施しろってことか?
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教会の周囲には、古い建物が集まっていて特に良い雰囲気です。
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結局回る場所は、毎回同じ(笑)。旧市街地の南東端には、13世紀にフランスに対して築かれた要塞「Ypres Tower イプレス塔」が残っています。
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元々は、市街壁の一部だったとか。牢獄だったり、一般住居だった事もあるそうです。今は内部は、資料館になっています。
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塔の手前は、かつての砲台で、今は「大砲公園」になっています。
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南西の低地には、チューダー時代の要塞「Camber Castle カンバー城」が見えます。
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やっぱりライは、結婚記念日や誕生日等、何かお祝い事に訪れるのに相応しい町です。勿論そういう町は、何でもない日に訪れても十分素敵です。でもやはり、快晴の日に訪れるのが正解みたい。小さな町なので、アンティーク屋巡りや食事かお茶の時間を入れても、3~4時間あれば、ゆっくり一周することが出来ます。
  




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by piyoyonyon | 2017-04-19 15:23 | 旅行・お散歩 | Comments(2)

谷間の愛らしい村ウェスト・ウィコム

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ノーサンプシャーの「Brackley ブラックリー」のアンティーク・モールを訪れた後は、町自体を散策する予定でした。古いマーケット・タウンで、歴史的な建物が並ぶ…と聞いていたのですが、実は在るのは一般立ち入り禁止の幾つかのお金持ち学校ばかりで、町行く人も少ない、何だかとても眠~くなる町でした。賑やかだったのは、結局アンティーク・モールだけ(笑)。特に、中心に立つ町のアイコン的な建物タウン・ホールが、まるっと改装中で、足場とビニール・シートで覆われていたのが、この町の印象を数段つまらなくしたと思います。となれば、もうこの町に居る理由はないのですが、帰途に着くには未だ早過ぎました。そこで、別な町へ移動しようと言う事になり、候補は「マザー・グースの歌」にも登場する近くの「Banbury バンベリー」か、帰路の途中の「West Wycombe ウェスト・ウィコム」でしたが、結局ウェスト・ウィコムを選びました。
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ここは、村全体の大部分が、ナショナルトラストの指定になっており、高速道路の出口からも割と近いので、いつか訪れたいと思っていました。
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高速を降り、しばらく森や丘陵地帯を通って村に近付くと、満開の桜並木がお出迎え。その上、小高い丘の頂上には、何だか迫力ある不思議な建物が目に入って来ます。…これは面白そうで期待出来そうな村です。
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村名は、「High Wycombe ハイ・ウィコム」と言う大き目の町の、西に位置する為に名付けられました。「ウィコム」は、Wye ワイ川(イギリスに幾つか存在する川の名前)沿いの谷間を意味するそうです。その名の通り、谷に沿った目抜き通りに、古い家並みが寄り添う小さな村です。
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16世紀からの、様々な様式の建物が集まっているそうです。
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こちらのパブ「The Swan 白鳥亭」は、歴史的建造物2級指定。
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何故かこの村には、ドアや窓枠を緑色にペイントした家が多くありました。
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昔ながらのイギリスらしい店構えの駄菓子屋さん。看板の書体も、イギリスらしい物です。
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村の中でも、一際目立つ木組みの家。屋外の公共場の時計が正確なのは、イギリスでは非常に珍しい!
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この建物の下を潜ると、「Church Lane 教会の小路」と呼ばれる公道が続いています。どうやら、丘の上の教会に通じているようです。
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到着した時には既に夕方の5時近くでしたが、人気の観光地らしく、丘を散策している人が未だやたら沢山います。我々も、丘の上の建物を目指すことにしました。
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こんな小高い丘が村のすぐ側に存在すること自体、イギリス南部では結構珍しいかも知れません。
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この見るからに印象的な丘は、太古から人々の関心を集めていたようで、青銅器時代の居住地跡や、ストーンヘンジに似た祭殿跡があったと言われています。その後、ローマ時代にも神殿が建てられていたと信じられ、またアングロ・サクソン時代からは、丘の中腹に「Haveringdon」と呼ばれる村が存在したそうですが、14世紀の黒死病(ペスト)の猛威に寄り、ほぼ消滅したそうです。
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この丘は、red kite=赤鳶を観察するのに絶好なスポットとしても、知られているそうです。確かに、何羽かの赤鳶が上空を飛び回っていました。とても大きな鳥なので、羽を広げて飛ぶ姿には圧倒されます。これじゃあ、ウサギや野ネズミ等の小動物は、ここには住めないだろうなあ…。
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丘の頂上の謎の建物に到着。全体的には八角形をしています。…ん?外壁だけで、中は吹き抜けです。
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コリント柱のあるジョージアン様式で、壁にはフリントと言う石が埋め込まれています。
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上部には、中々凝ったレリーフ装飾が。
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内部には入れませんが、鉄格子越しに中を除いて見ると、壁には墓標が幾つかはめ込まれてあり、巨大なmausoleum=霊廟であることが分かりました。すぐにP太は、「地元のお金持ちが自分の一族の為に建てたんだろう」と言いましたが、幾ら資産家とは言え、こんな大それた物を個人で建てるのか?? 日本の藩主の霊廟を遥かに超える規模だぞ、と私には信じ難く思われました。
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しかし、「きっと自分の屋敷から見える場所に、この霊廟を建てたはずだ」とP太が言う通り、谷の反対側の丘の斜面にはお屋敷が見えました。この館、「West Wycombe House ウェスト・ウィコム・ハウス」と言い、「ダウントン・アビー」を始めとするTVドラマや、「ある公爵夫人の生涯」等の映画の撮影にも度々使用されているそうです。噴水等の水場を生かした庭園が見所の、「ウェスト・ウィコム・パーク」と呼ばれる広大な敷地の中にあります。霊廟も屋敷も、18世紀の政治家で第11代ル・ディスペンサー男爵Francis Dashwood フランシス・ダッシュウッドが建てたもので、屋敷の一部には今でも子孫が住んでいるとか。今はナショナルトラスト管理下なので、夏に機会があれば(冬季は閉鎖中)、訪れてみたいと思います。
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フランシス・ダッシュウッドは、金に任せて放蕩の限りを尽くした根っからの道楽者で、古代ギリシャやローマの芸術を研究する「ディレッタンティ協会」、また「地獄の火クラブ」と言う秘密組織の創始者&主催者でもありました。地獄の火クラブは、修道院の廃墟を改造した秘密基地で、黒ミサ紛いの行為も行う怪しい組織でしたが、実際には名前ほど邪悪ではなく、単なる貴族のおふざけに過ぎなかったそうです。とは言え、羽目をはずした乱交パーティーだったのには違いなく、ダッシュウッドはそれまでの不摂生が祟ったのか、晩年はすっかり健康を害してしまったそうです。
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丘の上からは、先程村に入る際に通って来た桜並木を見下ろすことが出来ました。
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霊廟の少し先に、教会があります。やはり18世紀にフランシス・ダッシュウッドに寄り建てられたもので、正式名を「Church of St. Lawrence 聖ローレンス(ラウレンティウス)教会」と言います。古代には、原始宗教の祭壇が立っていた場所だと信じられています。麓の村の端にあるSt. Paul's Church聖パウロ教会が「冬の教会」と呼ばれているのに対し、こちらは「夏の教会」とも呼ばれているそうです。1920年代に聖ローレンス教会に自動車道が通じるまでは、冬季はこの丘を登って教会に通うのが不便過ぎた為のようです。
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尖塔の先に金色のボールが付いた、ちょっと独特な建築様式。歴史的建造物一級に指定されています。残念ながら、入り口のドアには鍵が掛かっていて、内部は見学出来ませんでした。
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何故か墓石の写真を熱心に撮っている男性が居る…と思ったら、猫の石像が付いたお墓でした。この猫は、ガーデン・アクセサリーとして普通に売られている物だと思いますが、墓に使うとはちょっとしたアイディアですね。私も真似して写真を撮っていたら、他の観光客のおばあさんに笑われてしまいました。念の為、被葬者は猫ではなく、生後11ヶ月の乳児のようです。1931年に亡くなったことを考えれば、この乳児の親が存命しているとは思えませんが、今でも良く手入れされている様子を見ると、きょうだいかその子孫が、今も欠かさずお参りしているのかも知れません。
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霊廟の裏側は、装飾が簡素化されていました。この霊廟、夜はライトアップされているようです。去り際に車のバックミラー越しに少しだけ眺めましたが、丘の上に浮かび上がる巨大な建物は、かなり迫力。
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この丘からは、ハイ・ウィコムに続く真っ直ぐな道路が見えます。
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丘の中腹には、通称「ウェスト・ウィコム洞窟」、正式名「Hellfire Cave 地獄の火洞窟」があります。やはり18世紀にフランシス・ダッシュウッドに寄って作られた人工洞窟で、こいつの余りに馬鹿げた金の使い方に、腹立たなくもありませんが(笑)、今はこうして村の観光資源に貢献している訳ですし、概して文化って、そういう享楽の時代に発達する物かも知れません。
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村自体は、正に記念日に訪れるのにピッタリな、本当に素敵な雰囲気で気に入りました。もっと暖かい季節に、また来てみたいと思います。しかし桜並木は、この季節だけの御褒美でした。
  




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by piyoyonyon | 2017-04-10 15:35 | 旅行・お散歩 | Comments(2)

森の中のワース教会

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イギリスで貴重なサクソン教会の多くは、今は時代に取り残されたような意外な場所にあります。この「Worth Church ワース教会」もそんな一つで、ガトウィック空港の南のCrawley クローリーと言う町の外れの普通の住宅街に、結構いきなり現れます。
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教会の入り口には、日本の寺院の山門のような門があります。
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そして教会は、墓地、更に林に囲まれています。この林は、かつては「St. Leonards Forest 聖レオナルドの森」の一部だったと思われます。長閑で平穏そのものの場所に見えますが、今や周囲はすっかり住宅地に開発され、また空港や高速道路も近い為、実際には静かとは言い難いロケーションです。
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ここは元々は「ワース村」でしたが、今はクローリーに吸収合併されています。クローリーは戦後発展した味気ない新興の町なのに対し、ワース自体は歴史が古く、今でも結構瀟洒なお屋敷街で、住民は誇りが高いらしく、クローリーとは別個に「ワース」と名乗ることを好むようです。
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正式名称を、「St. Nicolas’ Church 聖ニコラス教会」と言います。「サクソン教会」または「アングロ・サクソン教会」と呼ばれる物は、起源をアングロ・サクソン時代(5世紀から1066年のノルマン征服まで)に持つだけで、実際には建物の大部分は後世に改増築された場合が多く、サクソン時代の建造物を多く残す本当のサクソン教会は、イギリス中に20~30しか残っていないようです。その点この教会は、非常に貴重な真のサクソン教会で、ウィキの「イギリスで最も古い建物のリスト」にも掲載され、国内の現役で使い続けられている教会としては11番目に古く、恐らく東西両セックス州の現存する教区教会としては最古、南東部全体でも最も古い教会の一つと考えられます。
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教会は、紀元950年に建てられたと言われています。その後のノルマン時代に、ウィリアム征服王の娘婿William de Warenneにこの地一帯が与えられて以来、代々彼の一族の庇護を受けて発展したようです。
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この窓は、典型的なサクソン様式。身廊の天井に近い上部にあるのは、珍しいそうです。
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この北側の塔と、反対側の南側の木製ポーチのみは、19世紀に建てられた比較的新しい建築物です。
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12月だったのに、墓地では寒桜か何かが咲いていました。
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一昔前のイギリス人は、墓石を安定良く立てる習慣、または技術がなかったらしく、古い墓石の多くは大きく傾いていて、イギリスの墓地は概ねゾンビ映画の撮影が出来そうな荒れた状態に見えます。フィンランド人の義母に言わせると、イギリスの墓地の無整頓ぶりは見苦しいそうです。墓地不足なのは日本同様ですが、御覧の通り一区画の境界線すらない場合がほとんどで、土地を無駄に使っているような気がします。墓地の中には、時折ケルト十字型も見掛けます。先祖がケルト系(スコットランド人、ウェールズ人、アイルランド人、コーンウォール人等)だからなのかは分かりません。
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こちらの木の周りは、死産した子供達の墓標を集めた場所。ここ10年以内の物ばかりで、今でも死産は多いのだなと思いました。
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中に入ってみましょう。綺麗に明るく改装されていて、一見そんなに歴史の古い教会とは気付けません。奥の内陣手前のアーチは、現存するサクソン時代の教会のアーチとしては、国内最大級の物。
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村の教会としては相当立派な、パイプ・オルガンもあります。元は、身廊北側の壁に設置されて、もっとパイプが長かったそうです。
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この非常に背の高い狭いアーチは、身廊の両側に付いていて、元は全て外側に開いていたそうです。用途は今だはっきりせず、一説に寄ると、もしかしたら馬に乗ったまま教会に礼拝し、そのまま反対側から出て行く為の出入り口だったんじゃないかと(…そんなの失敬じゃないのか?)。
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サクソンやノルマンの教会建築は、何故か壁に不可解な窪みの開いていることが多く、元々は十字架等を祭る祠だったのかも知れませんが、今は教会側や信者に寄って、大抵ディスプレイ・スペースになっています。
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13世紀の石製の洗礼盤。実は、それぞれ側面の彫刻のデザインが異なります。
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内陣・祭壇部分。クリスマス時期だったので、ツリーが飾られていました。
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極力小さく取られた窓が、ゴシック以前の教会建築の特徴を伝えています。1870年に火災に遭った為、木製の天井はヴィクトリア時代に葺き替えられました。
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クリスマス時期だったから、nativity=キリスト降誕の場面を描いたミニチュア・モデルも展示されていました。これは陶器製のようです。
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南礼拝堂には、大変古めかしいチェストが。念の為、棺桶ではありません。17世紀初頭の物で、当時大変貴重だった紅茶葉を保管しておく為のチェストだったと言われています。
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その横にも、アンティークのチェスト。上に積み上げられた、中途半端に古臭いスーツ・ケースのほうが気になります(笑)。
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北礼拝堂の窓のステンドグラスは、この教会で最古の物(12世紀)。
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身廊南側のステンドグラス。
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こちらの内陣南側のステンドグラスは、キリスト教の三元徳の内、「信仰」とそれを象徴する十字架、「希望」とそれを象徴する碇、の二つを描いた物。残り一つの「慈愛」は、何故かナシ。
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贅を尽くして権威を誇った有名な大聖堂も勿論面白いけれど、海外の旅行ガイドブックには決して紹介されないような、実際訪れてみない限り興味すら沸かない、小さく地味な古い教会の特徴や歴史も、やはり非常に面白いと感じました。今後も機会がある限り、サクソン教会を訪れてみたいと思います。
 



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by piyoyonyon | 2017-03-31 15:28 | 旅行・お散歩 | Comments(0)

ノーリッジでバレンタイン・デート

2月の初旬、天気が悪くて、フリマにすら出掛けられない週末が続きました。フラストレーションの溜まったP太が、もしバレンタイン・デイに天気が良かったら、有給を取って一日出掛けようと言い出しました。その日の予報を調べると、ここ南東部の天気は余り良くないものの、イースト・アングリア地方なら良好とのこと。そこで、ノーフォークの州都Norwich ノーリッジ(ノリッチ、ノリッジとも)を久々に訪れることにしました。
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イースト・アングリアは地理的に孤立していて、全体的に交通の便が余り良くない上に、我が家からノーリッジは「東京~実家」以上の距離があります。9時に出発して、途中で昼食休憩し、結局到着したのは1時近く。それでもノーリッジに行きたいと思ったのは(勿論天気の都合もありますが)、以前訪れた際、大聖堂都市で城下町でもあるこの街が、とても気に入ったからです。…期待した通り、お天気は抜群の良さでした。
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前回訪れたのは、もう7、8年前。やはり、街のあちこちが変わっていました。小さな広場に、いきなり巨大脳ミソが。…う~ん、何処から突っ込んで良いのか分かりません。
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古風な教会と、非常にモダンな建物のコントラストが凄まじい。
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この建物は、近年建てられたショッピング・モールのようです。中には入っていませんが、まるで宇宙船のようで、ノーリッジで特に異質に見えました。
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市役所広場。市役所自体はそう古くない建物のようですが、役所前がこんなに気持ち良く広々としているのは、イギリスでは結構珍しいかも知れません。何処でも役所周辺は街のヘソであるはずなのに、見苦しい駐車場になっている場合がイギリスでは多いので。
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その脇に立つ、非常に貴重な六角柱の郵便ポスト。「RV」のイニシャルが読みにくいのですが、19世紀のヴィクトリア女王治世時の物で、英国最古のタイプだそうです。
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広場の一段低い場所は、市場になっていて、カラフルな屋根の小屋(もしかして本当に元は浜辺小屋用の建物かも)が並びます。
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この市場で売られている品物は、古本や古着も若干あるけど、アジアの食品系が一番多いかな。まあ全体的に、結構胡散臭い雰囲気ではあります(笑)。
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同じく市役所広場に並ぶ、こちらはギルド・ホール。市松模様のような外壁が印象的です。
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恐らくノーリッジの自慢の一つでもあろう、アール・ヌーヴォー時代の美しいアーケード。マスタードで御馴染みの、コールマン社の直営店が入っています。
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旧市街地では、イギリスでは少なくなって来ている石畳の、こんな雰囲気の良い小路が入り組んでいます。
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イースト・アングリア地方は、イギリスでも特に海抜が低く、この周辺も真っ平らな土地が続きますが、ノーリッジの街自体は結構丘勝ちで標高差があり、坂道が多いのです。
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こんなオレンジ色の壁は、お隣のサフォーク州の特色だとか。柱の木彫にも注目。
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このエルム地区周辺の雰囲気は、特に好きです。中央の茅葺屋根の建物はレストラン、右の元教会の建物は確かステンドグラス博物館です。ノーリッジは、英国一教会密度の高い都市としても知られています。
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ノーリッジ観光の目玉、大聖堂の入り口の門に到着。
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良く見ると、門には細かい彫刻が施されています。
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一方ノーリッジ大聖堂のファサードは、大聖堂としては拍子抜けする程シンプル。
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少し横から眺めたほうが、この大聖堂は絵になるかな。右の遺跡の組み込まれた新しい建物は、7年前に建てられた施設。展示場や聖歌隊の練習場があり、現在はここが大聖堂の入り口になっています。入場寄付金の目安一人5ポンドだったので、大聖堂の内部は見送りました。前回見学したし、時間もたっぷりある訳ではなかったから、結局正しい選択でした。
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中央尖塔は、イギリス第二位の高さを誇るそうです。外壁の装飾文様が、ちょっと独特です。
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その大聖堂の敷地内に立つ、ノーフォーク州出身のイギリスの英雄ネルソン提督の像。
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ノーリッジには美大や美術学校があるらしく、画材屋を結構多く見掛けました。これはその一つで売られていた、作業制作用のスモック。同じに見えますが、襟開きや折り返しの袖から覗く裏地のプリント生地が異なっていて、欲しくなる程可愛いのです。右ポケットに縫い付けられている織りタグに、わざわざ「SMOCK スモック」と書いてあるのが、ちょっと御愛嬌ですけど。
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古さと新しさが良い具合に混じりあい、活気があって、やっぱりノーリッジは楽しい町(実際には市)だと感じました。アンティーク屋巡りも存分に楽しみ、益々ノーリッジが好きになった私達夫婦です。
  




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by piyoyonyon | 2017-03-07 15:35 | 旅行・お散歩 | Comments(2)

湿地の聖マリア教会

概ねなだらかな森林丘陵地帯weald ウィールドが続く英国南東部でも、広大な平地が延々と広がる部分があります。丁度人気の観光地Rye ライHythe ハイスに挟まれた、Romeny Marsh ロムニー・マーシュやWalland Marsh ウォランド・マーシュと呼ばれる地帯で、マーシュは湿地を意味し、この一帯は、かつて海だったのを干拓された為、見事に真っ平らなのです。その中でも、古代ローマ時代に干拓されたロムニー・マーシュには、小さな中世の趣のある教会が点在し、教会巡りが密かな人気の観光コースになっています。
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そんな教会の一つが、ロムニー・マーシュでも最も人口の少ない地域の、「湿地の聖マリア」を意味する「St. Mary in the Marsh」と言う村にあります。教会の正式名称は「The Church of St Mary the Virgin 聖処女マリア教会」と言い、この教会に因んで、村自体の名前が「セイント・メアリー・イン・ザ・マーシュ」となったようです。知らなければ見落としてしまいそうな寒村の、一見何の変哲もない小さく簡素な教区教会ですが、実はイギリスでは貴重な、サクソン時代(1065年以前)に起源を持つ教会なのです。
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教会の搭は、地元ケント州産の「ラグストーン」と呼ばれる石灰岩で作られ、三重構造になっています。
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教会を囲む墓地の中には、「砂の妖精(日本の80年代のアニメ「おねがい!サミアどん」の原作)」等の作者として有名な、児童文学作家Edith Nesbit イーディス(またはエディス)・ネズビットの墓があります。二番目の夫によって建てられた、不思議な形の素朴な木製の墓碑です。
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ネズビットは、最晩年にこの近くの村St. Mary's Bayに住んでいました。教会内部には、彼女の記念碑もあります。ネズビットは、現代的な児童文学の先駆者で、子供向け冒険小説の元祖とも言われています。その作品は、後に「メアリー・ポピンズ」のパメラ・トラバースや、「ナルニア国」のC.S. ルイス、「ハリー・ポッター」のJ.K.ローリング、「ハウルの動く城」のダイアナ・ウィン・ジョーンズ等に影響を与えたとか。
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元々は「Siwold's Circe」と呼ばれるサクソン時代の教会の場所ですが、「聖処女マリア教会」自体は、その後12世紀のノルマン時代に建てられました。現存する建物の大部分は、その時代の物だそうです。
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内陣はそれより若干新しく、13世紀に増築されました。
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内陣の右手のアーチの下の棚は、「sedilia」と呼ばれる助祭用のベンチだそうです。
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アーチに付けられた二つのガーゴイルが、子供の工作かと思える位稚拙、かつ不気味の狭間…。これらの石材は、フランスのCaen カーンからわざわざ輸入されたとか。
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ステンド・グラスは比較的新しい19世紀頃の物と思われますが、分厚い壁に極小サイズの窓が、古い教会建築の特徴を伝えています。
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「一生に一度は見ておくべき」的な、著名で大規模な教会建築には勿論興味を持ちますが、こんな一見在り来たりに見えて、実は歴史が深い「知る人ぞ知る」小さな教会にも、非常に魅力を感じます。山育ちの私なので、完璧に真っ平らな土地では、異様に孤独と不安を感じます。だからこそ、そういう立地の建物は一層印象に残ります。更に青みの薄い寂しげで儚げな冬の空が、この教会の雰囲気には似合うように思います。
 




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by piyoyonyon | 2017-01-30 15:34 | 旅行・お散歩 | Comments(0)

英国最古の教会壁画

ある日の昼食時間、いつものようにテレビの古物番組「Bargain Hunt」を眺めていたら、イギリスでは割と貴重なサクソン時代(5~11世紀)の教会の中でも、国内で最古級、尚且つ保存状態も最高クラスの壁画が残ると言う教会が紹介されていました。場所は、ウェスト・サセックス州の「Pulborough プルボロー」近く。うちから遠くないじゃないかと言うことで、翌日夫婦で早速訪れることにしました。
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教会は、プルボローのすぐ南の「Hardham ハーダム」と言う村にあります。教会の正式名称は、「Church of St Botolph 聖ボトルフ教会」と言います。ボトルフは、7世紀のイースト・アングリアの修道院長で、「Botwulf of Thorney」 や「Botulph」、「Botulf」とも呼ばれ、旅行者と農業の守護聖人だそうです。
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サクソン教会の例に漏れず、小さく簡素な造り。情報がなければ、そんな特殊な内部を持つ教会とは絶対気付けない、何の変哲もない地味な外観です。
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この村は、「Southdowns National Park サウスダウンズ国立公園」の端に位置します。南側に、そのサウスダウンズの山(丘)並みが見えます。
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鐘楼は木製。多分、屋根からでないと登れない仕組みです。
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教会の外壁には、不思議な窪みがありました。古来、大陸からの進んだ文化の多くは、ドーヴァー海峡を渡ってイギリスに伝えられた為、その海峡に面するケント州(当時王国)は、サクソン時代にはイングランド内でキリスト教の一番発達した先進国でした。ところが、その隣のここサセックス(南サクソンの意味)は、意外にも、キリスト教化するのがイングランドでも最も遅い部類だったとか。
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今はヨロズ屋の一軒すら見当たらない、「village 村」よりは「hamlet 集落」と呼ぶのが相応しいような寒村ですが、ここは古代ローマ時代には重要な中継地でした。村を貫通する現在のA(国道クラス)29号線は、かつては「Stane (stoneの意味らしい)Street」と呼ばれる石畳敷きのローマの旧街道で、ロンドンとチチェスターを繋いでいました。この村でも、ローマ時代の駅舎や宿舎、村や浴場の遺跡が発見され、またその時代の建物や石畳の石材は、後に教会建設に再利用されたようです。
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内部も、想像した通り極めて質素。少し黴っぽい臭いがしました。後の時代のノルマン時代の教会と比べても、窓が極端に少ないのが印象的です。
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天井には、古めかしい木製の梁が。デヴォン州で一番古い建造物と呼ばれる、古城付属の茅葺屋根の礼拝堂を思い出させ、返って豪華絢爛な教会建築より、純粋な信仰心が感じられます。
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そして、壁画はほぼ内壁の全面にビッシリ描かれているのが圧巻。窓の側面にさえ、壁画が施されています。中には、イングランドの守護聖人聖ゲルギオウス(ジョージ)を描いた、英国最古の像も混じっています。制作者は、「Lewes ルイスの画家集団」だったと言われています。吟遊詩人のように、当時はこう言った流れの芸人達が、各地を旅行しながら仕事をしていたようです。
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多分、キリストの洗礼の場面。教会は、ウィリアム一世に寄るイングランド征服間近の1055年に建造されましたが、壁画が制作されたのは、それより遅れて12世紀と言われ、有名なバイユーのタペストリー同様に、「アングロ・ノルマン形式」と呼ばれています。
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主祭壇部分。実は「サクソン教会」と呼ばれる建物の多くは、単に起源をサクソン時代に持つだけで、後に何度も改装され、オリジナルの建造物は部分的にしか残っていない場合がほとんどです。ところがこの教会は、建設当時の姿をほぼ完璧に残しているようです。
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更に、壁画がここまで完全な状態で残っているのは、長年この上に漆喰が塗られていたからだそうです。19世紀になって、漆喰の下から壁画が発見されました。
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受胎告知の場面。壁画は、イギリスでは珍しいフレスコ画の技法で描かれました。イタリア等地中海沿岸ではお馴染みの手法ですが、ここイギリスでは、湿気が多く乾くのに時間が掛かり過ぎる為、フレスコ画が発達しなかったそうです。
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この教会の壁画の中でもアイコン的な、アダムとイヴの像。絵が余りにも稚拙で、一瞬どちらが男で女かは見分けが付きにくいのでした(笑)。
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壁画が制作されたのは、暗黒時代と言われる中世。はっきり言って芸術の分野は、技術的にも感性的にも、前のローマ時代から退化しています。この牛の絵も、ラスコー洞窟の壁画から進化なく無く見えます。
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とは言え、千年近くも昔の、特権階級ではない、一般市民の信仰心を、こんなに生き生きと伝える資料は、世界的に見ても中々ないのではと思います。
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バチカンのシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画より、300年以上も前に制作された教会壁画。うーん、非常に興味深い、貴重な物を見させて貰いました。これはイングリッシュ・ヘリテイジ級(歴史的建造物第一級には指定されている)、いや、世界遺産クラスかも知れません。入館は無料ですが、見学させて貰った後は、信者ならずとも感謝の気持ちを込めて、文化遺産保護の為にも御布施を忘れずに。




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by piyoyonyon | 2016-12-06 15:28 | 旅行・お散歩 | Comments(0)

川と修道院の古都シュルーズブリ

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旅行二日目のメインは、シュロプシャーの中心地「Shrewsbury シュルーズブリ」です。4年前のシュロプシャー旅行で、木組みの家だらけの城下町「Ludlow ラドロウ」がすっかり気に入り、州都シュルーズブリもそれに負けない程魅力的な、中世の面影を色濃く残す町と聞いていたので、是非一度訪れてみたいと思っていました。尚、日本語では「シュールズベリー」と記載されることが多いようですが、ウィキぺディアの英語版だと発音記号が「シュルーズブリ」に近いので、これで通すことにします。
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シュルーズブリは川の町。大きく湾曲した川に囲まれた、まるで中州か半島のような地形に在ります。かつて川が自然の要塞として重要な役目を果たしていた為で、スイスのベルンやフリブール、チェコのチェスキー・クルムロフ等、歴史的な美しい街は、しばしばこういう場所に築かれています。言い換えれば、こんな立地に在る古い町に、雰囲気の悪い町はまずないと言うこと。
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この川は、ウェールズのスノードニア近くに源流を持つ「River Severn セヴァーン川」で、 この下流には世界遺産の「アイアンブリッジ」があり、河口付近ではウェールズとイングランドの国境を流れます。
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前日、チェスターの木組みの家が思ったよりも新しくて、ちょっとガッカリしていたのですが、シュルーズブリでは、本物のチューダー時代の建造物らしい木組みの家を沢山見掛けました。
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これこれ、木組みの家と言えば、傾いていなければ(笑)。
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丁度正午頃到着したので、まずはお昼御飯を食べる場所を探しました。選んだのは、フレンチの「Bistro Jacques」。リヴァプールを中心に展開するチェーン店だそうです。二人とも、「L’Assiette de France」と言う「フランス人のお気に入りの盛り合わせプレート」なるものを注文しました。左上から焼きカマンベール、あっさり目のガーリック・トースト、サラミと生ハムのサラダ、オリーブ、魚のフライ、リンゴの煮物、鯖のパテです。どれも繊細で美味しく、サラミも生ハムも、普段スーパーで買うのとはさすがに違うな~と(当たり前じゃ)思いました。特に、丸ごと一個の熱々カマンベールが、パンに付けても、リンゴを乗っけても美味! 給仕も素早く、量もバランスも丁度良く、正に理想的な旅行メシでした。ほぼ同じ金額で3コースも選べましたが、旅行中の昼食にコース料理では、時間が掛かり過ぎると思います。
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ところが、食事を済ませて丁度店を出ようとした途端、予報通りに雷&大雨が降り出しました。雨宿りも兼ね、しばし近くのアンティーク・モールで過ごしました。
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そこで小降りになるまで待つことが出来た…のですが、結局その後その日は、雨が完全に止むと言う事はありませんでした。魅力的な町並みが目白押しなのに、写真を撮るのもままなりません。
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ここは街のヘソ、古い市場の建物(左)とその広場。現在の市場は、近くの屋内で開かれているようです。
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旧市場の広場から、こんな心惹かれる石畳の小径を登って行くと…、
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「Butcher Row 肉屋横丁」と言う名前の通りに出ました。多分、かつては肉屋が並んでいたようです。
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一方こちらは、その近くの「Fish Street 魚通り」。元々魚市場でも立っていてのか、魚屋があったのか、はたまた左の「Three Fishes」と言うパブの名前に因むのかも知れません。
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坂を登り切ると、最終的にはこんな教会に到着しました。もしかしたら、ここが旧市街地で一番標高の高い場所なのではと思いました。「St. Alkmund’s Church」と言うそうです。
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内部はこんな感じになっています。主祭壇には、ステンド・グラスではなく「ガラス絵」が。
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教会のすぐ横にも、また教会??と思いきや、元は確かに「St. Julian’s」と言う教会だったようですが、今は青少年会館か何かになっているそうです。
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そして、この町のシンボルの一つである修道院を目指します。その途中も、木組みの家がいっぱい。
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坂道が多い町なのも、私の好み(…勿論歩くのは大変ですが)。
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南東の修道院へ行くのには、「イングランド橋」を渡ります。因みに、一番最初の写真に写っているのは、旧市街地の反対側(北西)に通じている「ウェールズ橋」です。
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修道院は、チェスター大聖堂同様、赤い砂岩で出来ています。今でも「Shrewsbury Abbey シュルーズブリ大修道院」とは呼ばれているものの、機関としては現在は単なる教会です。修道院そのものは、16世紀のヘンリー八世の解散法に寄り廃止され、この付属の教会と名前のみが残っている訳です。
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内部はノルマン様式。イギリスに住み始めた頃、「ノルマン様式」とは何なのか分からず、美術史の授業でも習った覚えがありませんでしたが、少し調べると、ヨーロッパ大陸では「ロマネスク」と呼ばれる様式にほぼ一致することが分かりました。規模的には、一般の教区教会としては大きく、大聖堂よりはずっと小さめ。
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私が持っているイングリッシュ・ローズ「Brother Cadfael ブラザー・カドファエル」は、ここの修道院を舞台にした人気の探偵小説の、主人公の修道士の名前から名付けられました。
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古い石棺のすぐ脇に、スタッフ用の簡易台所のあるのが…、何気に凄い光景だなと思います。
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入り口近くの洗礼台は、実は古代ローマ時代の石柱をリサイクルしたもの。
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次に北東の城を目指しましたが、城の入り口脇にも中々素敵な教会が、と思ったら、こちらも今はパーティー・ルームか何かに再利用されています。現在のイギリスのキリスト教徒は、1割しか教会に行かないらしいので、やはり教会建築が余っているのですね。
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その隣の、黄土色の漆喰の壁の木組みの家も迫力。
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城の閉門時間にはギリギリで、外観のみ写真を撮りました。建物は余り残っていませんが、美しい庭園として整備されています。城の内部は、軍隊博物館になっているようです。
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そうこうしている内に、再びの豪雨で雨宿り。向かいに見えたのは、やけに立派な建物の図書館で、その前に立っている像は、どうやらこの町出身のダーウィンのよう(未確認)です。
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最後に、シュルーズブリの鉄道駅にやって来ました。この駅は、丁度中州のように湾曲して流れる川に囲まれた旧市街地が、唯一川に囲まれていない、首のような部分にあります。とてもクラシックで絵になる駅舎で、この町に到着する時に車で通過した際、是非写真を撮りたいと思っていました。
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その上、何せ城のすぐ脇に立っているのです。こんな劇的な立地の駅、ドイツのニュルンベルク(目の前が城壁)やケルン(すぐ横に大聖堂)以来だと思います。写真では工事の足場がちょっと邪魔ですが、この町を列車で訪れる人にとっては、かなり感動的なのではと想像します。
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悪臭が強烈だったチェスターと違い、シュルーズブリは、期待に反せず、ヨーロッパの歴史的な町らしさに溢れ、とても素敵な町でした。が、とにかく天気が残念でした。「このところずっと快晴が続いていたのに、旅行の時だけ雨なんて、僕達は不運だったなあ」とP太は言いましたが、…違うよ、元々予報で雨になると言われていた場所を、わざわざ私達が目的地に選んだの。現に、この日も自宅は好天のままでした。帰路の車中もしばらく凄まじい雷雨で、翌日のニュースを見たら、この地方には洪水に見舞われた地域もあったとか。次回訪れる時は、晴れた日にじっくり時間を掛けて、小路の隅々まで歩いてみたいシュルーズブリです。
  




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by piyoyonyon | 2016-10-17 15:32 | 旅行・お散歩 | Comments(0)

赤い砂岩のチェスター大聖堂

最初の目的地、チェシャーの州都Chester チェスターには、突如アイスクリーム屋に寄り道した為予定より遅れ、丁度午後3時頃に到着しました。人気の観光都市だし、「パーク&ライド」システムが適用されているので、駐車場所を探すのが難しいかなと心配しましたが、午後3時以降は市街地の駐車場が無料でラッキーでした。利用したのは、正に街のド真ん中のショッピング・モールの地下駐車場。地上へ出ると、まず立派なタウン・ホールと大聖堂が目に入りました。迷わず、まず大聖堂を見学することにしました。
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尖塔は中央に聳える為、大聖堂としてはファサードは低く、割とシンプルに見えます。イギリスの大聖堂の多くは、砂岩で作られていますが、ここのは赤い砂岩なのが印象的。この赤い岩は、この地域一帯で産出される主要な石材で、大規模な建築物には大抵使用されているようです。
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ファサード脇の入り口兼売店から、回廊を通って大聖堂へ入ります。10年前のガイドブックには、入場料一人5ポンドと記されていたので、今は9ポンド位になっているな~と危惧しましたが、入場料制は止めて、任意の寄付金制に変更されていました。勿論寄金しました。
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この大聖堂は、11世紀のウィリアム一世のイングランド征服後に、初代チェスター伯ヒュー・ダブランシュ(通称「狼」、または「デブ」)に寄り、ベネディクト派の修道院付属教会として建てられました。それ以前にも、元々はローマ時代の初期キリスト教聖堂が存在していたと考えられ、続くサクソン時代にも聖女の埋葬地としての教会が在り、常に信仰の場ではあったようです。
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長い年月を掛けて建設された為、ノルマン(ロマネスク)様式、前・中・後期ゴシック様式が混在しています。
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拝廊左側(南西角)にある、古い大きな手の込んだ刺繍布が目を引く、割と小さ目の部屋は、17世紀の裁判所。昔の教会で行われた裁判なんて、さぞ厳格だったであろうと想像しましたが、脇に設置されていた説明書きに寄ると、深刻なのは、メアリー一世時代に新教徒を貫いて処刑された例だけ。後は、二人の女が公道で口喧嘩をした等、どう考えても裁判に掛ける程ではない些細な件ばかり…。しかもキャベツを盗んだとか、悪魔呼ばわりしたとか、「毛むじゃらのオトコオンナ」と罵ったとか、歴史的な記録に残っているのが不思議な位の下世話な内容。そして、それらに対する判決は、「うるさい!二人とも出て行け!」と明確でした。
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一方、拝廊右側には、秘密通路のような狭い螺旋階段があり、登って行くと…、
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…こじんまりとした礼拝堂に通じていました。12世紀に起源を持つ、「St. Anselm Chapel」と言います。
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チェスター大聖堂では、大きなステンド・グラス窓も見所の一つです。と言っても、多くは19世紀~20世紀作で、この大聖堂の長い歴史を考えると、それ程古くはありません。
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こちらは、大聖堂創立900年を記念して、1993年に作成されたモダンなステンド・グラス(…正直言って好きじゃねーな)。
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北側廊の壁面は、緻密なモザイク画で覆われています。
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南翼廊部分。大聖堂建築と言えば、上から見ると大抵十字形ですが、この大聖堂では、北翼廊より南翼廊のほうが、ずっと大きく設けられています。
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この大聖堂は、レゴ募金で結構話題になっています。1ポンドを寄付すると、大聖堂のレゴ模型に1ピースが加えられ、どんどん完成に向かって行くと言う仕組み。こんな楽しいアイディアなら、進んで募金したくなりますね。そして、ステンド・グラス型のピースも、ちゃんとレゴにあることにちょっと驚き。
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身廊と翼廊が交差する部分は「クロッシング」と呼ばれ、その天井は必見。まるで宇宙的です。この上部に、尖塔があります。
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また、クロッシングの床も見事。
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クロッシングの脇のちょっと変わった場所に、パイプ・オルガンが設置されています。
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北翼廊の天井は、イギリスの教会建築に良くある木製のようです。
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この北翼廊のアーチは、この大聖堂の中でも特に古そうで、ノルマン時代のオリジナルのようです。
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内陣障壁は、眩暈がする程の木彫の細かさ。身廊までは、信者なら誰でも、動物までも出入り出来、昔は臭かったらしいのですが、内陣からは聖職者のみ立ち入り出来る神聖な場所と言う意味で、内陣障壁は厳格な「間仕切り」だった訳です。
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そして、聖歌隊席の彫刻も死ぬ程細かい! 良く観察すると、席には怪物等の不気味な像がいっぱい付いてます。
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内陣の天井画が、また素敵でした。天使が描かれています。
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内陣の床も美しい。やはり神聖な場所に近付く程、装飾が凝っているようです。
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主祭壇。今は異教徒でさえ近付くことが出来、やはり寛大な宗教には有難みを感じます。
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主祭壇の真後ろにある聖母礼拝堂は、この大聖堂で特に見逃せない場所。
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何故なら、チェスター市の守護聖人「St. Werburgh 聖ワーバラ」の祠が祭られているからです。ワーバラは、7世紀のサクソン時代の王国の一つ「Mercia マーシア」の王女。当時のアングロ・サクソンにおけるキリスト教の最先進国ケント王家出身の母の影響で、熱心なキリスト教徒となり、生涯のほとんどを修道女として過ごしました。その際、イングランド中の修道院の改革に尽力を注いだ為、後に聖人に序せられました。彼女の亡骸は、一度スタッフォードシャーのHanbury ハンブリーと言う村に葬られましたが、10世紀前半にヴァイキングの来襲が盛んになると、この地に「疎開」され(聖人に良くある話で、その際彼女の遺体は全く腐敗していなかったらしい)、結局その疎開先には聖ワーバラに捧げる修道院が築かれ、人気の巡礼地となりました。しかし、16世紀にヘンリー八世に寄って修道院が解散されると、付属の教会は「キリストと祝福された処女マリア大聖堂」に変更させられ、14世紀築の聖ワーバラの霊廟も用済みで破壊されました。しかし、19世紀に残骸が発見されて、修復され再びここに安置されている訳です。今でもワーバラの名前は、イギリスやアイルランドのあちこちの地名に残っています。
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その隣にある、聖ワーバラ礼拝堂。何故こっちに、祠を祭らなかったのか不思議です。
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「参事会会議場」と訳されるチャプター・ハウス。イギリスの大聖堂のは、八角形の場合が多いのですが、ここのは普通に長方形の部屋です。修道院創立者のヒュー・ダブランシュは、現在ここに埋葬されています。
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チャプター・ハウスから回廊に通じるロビー(…つまり余り意味のない場所)。
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回廊の中庭に面したアーチには、全て聖人が描かれたステンド・グラスが嵌め込まれています。
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回廊に囲まれた中庭は、良く手入れされた庭園になっています。その中心にあるのは、噴水になった「生命の水」と言う題の彫像と、かなり深い池。
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かつての修道僧の食堂は、今は一般のカフェになっています。天井が高くて開放感があり、居心地良さそう(冬は寒いかも知れないけど)。
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本当は、大聖堂の北部分に、修道院時代の名残りの建物も多く残っているらしく、興味ありましたが、残念ながらそこまで見学する時間はありませんでした。
 




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by piyoyonyon | 2016-10-05 15:24 | 旅行・お散歩 | Comments(0)


こんにちは! ぴよよんです。英国から蚤の市等で出会った愛しのガラクタ達を御紹介する雑貨手帖も2冊目となりました。1冊目と共に宜しくお願い致します。


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